独逸海運 : 復興の気運現る

other OA: closed CC0
View on OpenAlex

Abstract

戦敗の独逸には今や復興の気運が漲っている新しく芳ばしい芽が腐りかけた根元から吹き出し初めたその一の証拠は海運である即ち一千九百二十年−大正九年−の独逸の海運界には二箇の注目すべき事象が起った一は平和条約の条項に依って連合国に船舶を引渡した事と他の一は海運諸会社が各自其の戦前の旧航路を恢復し同時に世界到る所に新航路を設ける事に奮励努力したことであった大戦当時の独逸には四千九百三十五隻総噸数五百二十四万噸の船舶を有して居ったそれが一千九百二十年−大正九年−の年末には総噸数約五十万噸に激減した之れは平和条約に依って連合国に引渡した残数であるが而も千噸以上のものは僅に十万噸に過ぎないようになって了い遠洋航路には不適当のものばかりとなった一方独逸が批准当時に建造中であった船舶は約三十二万五千噸でその中の約二十三万噸も亦連合国へ引渡されるべきものであったされば独逸自身のものとなるべき建造船舶は九万五千噸に過ぎない事となったがこれ等の船舶は一千九百二十年末に竣工し夫々就航したのであるその後に至っても六万噸乃至八万噸の建造註文を発しているので一千九百二十一年−大正十年−三月末には結局十五万噸乃至十八万噸の商船隊を現出するものと予想せられている独逸の各海運会社はその戦前の勢力を復興する為め新方法を考案し脳漿を絞った或る会社は戦前既に実行せる各自相互間の業務上の協定を成立せしむる方法を踏襲し他の会社は外国会社との連合の成立を策した而して就中漢堡南米汽船会社及独逸東阿ラインは傭船せる船舶の一部に独逸国旗を翻さしめて就航せしめた然し傭船は一千九百二十年末に至って大に減少したこは傭船料の高率と収益の困難となりしに由る尚傭船に対する障碍は独逸海運業者が自己所有船舶を運用し得るに至るべきを予期し短期の傭船契約を欲したるに反し船主の大多数が長期の契約を欲したると其の他外国船傭入に関する障碍は外国人乗組員に対して不利なる為替相場を以て給料の支払を為すことであった昨年十日初旬独奥汽船会社所属船漢堡号(一万噸)は漢堡を発し蘭領東印度に向け処女航の途に就いたこの船は独逸造船所に於て建造せられ連合国に引渡されずして独逸の所有に帰した最初の大型汽船である一千九百二十年十二月初旬、漢堡から世界主要国に到る定期航路を経営する外国汽船会社は総計六十七社であってこの中には戦前殆ど同港に寄港しなかった数ケ国の会社を包含しているその国籍を示せば左の通りである△英国 二二社△和蘭 一一社△諾威 六社△仏蘭西 五社△白耳義 四社△伊太利 三社△瑞典 三社△米国 二社△丁抹 二社△日本 二社△葡萄牙 一社△玖□ 一社△其他五社△合計六七社

My notes (saved in your browser only)

Citation neighborhood (no data yet)

We don't have any in-corpus citations linked to this paper yet. The paper's references may be in our DB but unresolved to ``paper_id`` (resolution happens at ingest when the cited DOI matches a row we already have). Run the cross-source citation reconcile pass to retry.

Source provenance

openalex
last seen: 2026-05-11T08:29:48.678439+00:00
License: CC0 · commercial use OK