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緊急帝王切開時に診断した肝臓を出血源とするSHiP
の一例
言語: Japanese
出版者: 静岡産科婦人科学会
公開日: 2026-04-30
キーワード: spontaneous hemoperitoneum in
pregnancy (SHiP), hemoperitoneum, acute abdomen,
pregnancy
作成者: 池淵, 圭祐, 藤本, 裕基, 足立, 健敏, 太田, 肇, 安藤,
健, 江河, 由起子, 乙咩, 三里, 成島, 正昭, 小野田, 亮
メールアドレス:
所属: 静岡済生会総合病院, 名古屋大学,
静岡済生会総合病院, 名古屋大学, 愛知医科大学,
静岡済生会総合病院, 静岡済生会総合病院,
静岡済生会総合病院, 静岡済生会総合病院,
静岡済生会総合病院, 静岡済生会総合病院,
静岡済生会総合病院
メタデータ
http://hdl.handle.net/10271/0002000767URL
静岡産科婦人科学会雑誌 (ISSN 2187-1914)
2026 年 第 14 巻 第 1 号 44頁
44
緊急帝王切開時に診断した肝臓を出血源とする SHiP の一例
A case report of spontaneous hemoperitoneum in pregnancy
with liver bleeding diagnosed during the emergency cesarean
section
(1)静岡済生会総合病院 産婦人科
(2)名古屋大学大学院医学系研究科 産婦人科学講座
(3)愛知医科大学 産婦人科学講座
池淵 圭祐(1,2) 藤本 裕基(1,2,3) 足立 健敏(1) 太田 肇(1) 安藤 健(1)
江河 由起子(1) 乙咩 三里(1) 成島 正昭(1) 小野田 亮(1)
Department of Obstetrics and Gynecology, Shizuoka Saiseikai General Hospital
Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Hospital
Department of Obstetrics and Gynecology, Aichi Medical School Hospital
Keisuke IKEBUCHI, Hiroki FUJIMOTO, Taketoshi ADACHI, Hajime OOTA, Ken ANDO, Yukiko
EGAWA, Misato OTOME, Masaaki NARUSHIMA, Ryo ONODA
Key words : spontaneous hemoperitoneum in pregnancy(SHiP) , hemoperitoneum , acute
abdomen,pregnancy
〈概要〉
妊娠中の特発性腹腔内出血( spontaneous
hemoperitoneum in pregnancy: SHiP)とは、
妊娠中に発症する非外傷性の腹腔内出血をきた
す疾患である。その発症頻度は 1 万分娩に 1 回
ほどと非常に稀ではあるものの、その多くは大
量に出血してから発見されることも多いため周
産期死亡や母体死亡のリスクが非常に高い疾患
である 1)。その原因は未だに不明ではあるが、
子宮内膜症 1),2)や生殖補助医療 3),4)との関連が指
摘されており、本邦における SHiP の出血源と
して、その多くは子宮や傍子宮組織であると報
告されている 5)。今回、我々は肝表面を出血源
とする SHiP の症例を経験したので、若干の文
献的考察を加えて報告する。
Abstract
Spontaneous hemoperitoneum in pregnancy
(SHiP) is defined as acute non-traumatic intra-
peritoneal bleeding during pregnancy.
Although SHiP is extremely rare, with an
incidence of approximately 1 in 10,000
deliveries, it has a higher risk of both perinatal
and maternal mortality, as most cases are
diagnosed after the patient has experienced
significant blood loss. While the exact cause of
SHiP remains unclear, it has been linked to
conditions such as endometriosis and assisted
reproductive technology. In Japan, the most
common source of SHiP is reported to be the
uterus and adnexa. In this study, we present a
case of SHiP with liver surface bleeding, along
with a brief review of relevant literature.
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〈症例〉
患者:28歳、1妊 0産 既往歴:本態性高血圧症
内服:アムロジピンベシル酸塩 手術歴:なし
現病歴:自然妊娠により妊娠成立。妊娠 14 週よ
り当院で周産期管理を行っていた。高血圧合併
妊娠のため、アムロジピンベシル酸塩の内服に
よる血圧管理を行っていたが、妊娠 31 週ごろよ
り自宅血圧の上昇をしばしば認めるようになっ
た。妊娠 31 週 5 日に sFlt-1/PlGF 比を測定した
ところ 81.0 と高値であったため、頻回の外来管
理を行なうこととした。妊娠 36 週 2 日の妊婦健
診で、血圧は正常範囲内であり、妊娠中の尿蛋
白は認められなかったものの中大脳動脈と臍帯
動脈の血流再配分(MCA-PI: 1.18, UA-PI:0.97)
を認め、さらに胎児発育の停滞も認められたこ
とから妊娠 36 週 5日に周産期管理目的で入院し
た。入院時身体所見:身長 155.9 cm、 体重
58.9 kg(非妊娠時 46.5 kg)、 血圧 127/93
mmHg、心拍数 90 bpm、体温:36.7 ℃、意識清
明
表 1 入院時血液検査結果
腹部超音波検査:EFBW 2683 g(-0.1SD)、AFI
15.2 cm UA-PI 1.15、RI 0.70、MCA-PI 0.98、
RI 0.62
入院後経過:入院後より胎児心拍数陣痛図によ
る定期的な胎児モニタリングを開始したが、特
記すべき異常は認めなかった(図 1)。入院 5 日目
(妊娠 37 週 2 日)の早朝より、137/109 mmHgと
血圧の上昇と頻回の嘔吐を認めたため、HELLP
症候群の鑑別のため血液検査を実施した。この
時点では、明らかな異常所見を認めなかったた
め、制吐剤の投与を含む対処療法の上、経過観
察としたが、発症後 4 時間ほど経過しても症状
の改善は見られず、さらに上腹部痛も出現する
ようになった。そのため、再度、血液検査を実
施したところ、肝酵素のわずかな上昇に加え(表
2)、胎児心拍数陣痛図でも基線細変動の減少と
遅発一過性徐脈を認めた(図 2)。以上の経過から
HELLP 症候群の発症初期の可能性も考えられ
たため、これ以上の妊娠の継続は困難と判断し、
緊急帝王切開を実施した。
手術前身体所見:血圧 102/76 mmHg、心拍数
83 bpm、体温 36.0 ℃
手術前血液検査:
WBC 9,600 /μL
RBC 4.26×10⁶ /μL
Hb 12.3 g/dL
Plt 18.4×104 /μL
AST 58 U/L
ALT 35 U/L
LDH 347 U/L
Cre 0.69 mg/dL
血算
生化学
表 2 手術前血液検査結果
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手術前胎児心拍数陣痛図:胎児心拍数基線 145
bpm、基線細変動減少、遅発一過性徐脈を認め、
不規則な子宮収縮を認めた。
手術前腹部超音波検査:明らかな腹水貯留認め
ず。
手術所見:腹部症状の発症 6 時間後に、脊椎麻
酔下で手術を開始した。腹膜切開時に血性腹水
が噴出したため、子宮破裂の可能性を疑い、子
宮およびその周囲を観察したが出血源は同定で
きなかった。そのため、通常の帝王切開術の完
遂後に、出血源を再度検索することとした。子
宮や子宮付属器をはじめ骨盤内からの明らかな
出血源は認めなかったが、上腹部から持続して
出血を認めた。そのため、産婦人科医での対応
は困難であると判断し、外科専門医にも応援を
要請し、上腹部を検索した。術中超音波所見と
肉眼的所見から肝臓表面からの出血と判断し、
焼灼止血術と吸収性局所止血剤を散布したとこ
ろ、止血を得られたため手術を終了した。
本症例は、HELLP 症候群に伴う肝被膜下出血
の可能性も考慮されたが、HELLP 症候群にし
ては非典型的な臨床経過であったことや術中所
見から本症例は SHiP と診断した。
術中出血量:975 ml
新生児所見:アプガースコア 1 分値 8 点、5 分
値 9点、体重 2456 g、身長 47 cm、女児
臍帯動脈血液ガス:pH 7.11、pCO2 64.6、pO2
21、BE -8.9
術後経過:術後 1 日目に肝表面の出血源の評価
のため腹部超音波検査、胸腹骨盤部造影CT検査
を実施したところ、肝臓周囲に 11.8×3.9×15.0
cm 大の血腫を認めたが、明らかな造影剤の漏出
など出血を示唆する所見は認めなかった(図 3A-
C)。術後 2 日目に Hb 6.0g/dLと貧血の進行を認
めたため、赤血球濃厚液 4 単位の輸血を行った
が、術後 5 日目には全身状態も改善し母児とも
に退院となった。術後 256 日目に、腹部超音波
検査を施行して、出血源と想定された部位に低
エコー領域を認めたが、異常影の増大もなく経
上:入院時の胎児心拍数陣痛図(図1) 下:手術前の胎児心拍数陣痛図(図2)
入院時
手 術 前
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過している(図 3D)。
〈考察〉
SHiPとは、妊娠中または産褥期における非外傷
性の急性腹腔内出血であり、その頻度は 1 万分
娩に 1 回程度と非常に稀な疾患である。また周
産期死亡率は 10%、母体死亡率は 3%と報告され
ている早期の診断と治療が必要な周産期関連疾
患の一つである。
SHiPの多くは妊娠第 3三半期で発症し、出血
源の多くは子宮漿膜や傍子宮組織の血管である
と報告されている 1),5)。SHiP の発症機序の一つ
として子宮内膜症との関連が指摘されており、
妊娠による子宮の増大や子宮付属器周囲の脱落
膜化した子宮内膜症組織の退縮により、内膜症
病変に近接した血管が脆くなり、陣痛による腹
圧の上昇などを契機に血管が破綻することで発
症すると考えられている 6)。
一方で、子宮や傍子宮組織以外からの出血は
稀で、特に肝臓からの出血の報告は極めて少な
い。 肝 臓 か らの SHiP は、「 Spontaneous
hepatic rupture (SHR) in pregnancy7)」または
「 Spontaneous liver hemorrhage during
pregnancy8)」などとして報告されており、子宮
内膜症、腹部手術歴、そして HELLP 症候群が
リスク因子となることが報告されている 7),8)。そ
の他にも Wang らは肝孤立性壊死性結節
(solitary necrotic nodule of the liver :SNNL)も
肝臓からの SHiP の原因となることを報告して
いるが、その病態は依然不明な点が多い 9)。肝
臓からの SHiPとの鑑別診断として、HELLP症
候群による肝被膜下破裂や肝破裂が挙げられ、
出血の原因が不明である SHiP とは区別される
とされる。しかし、実際には、HELLP 症候群
に伴う肝臓からの出血も SHiP として報告され
ている可能性も考えられ 8)、両者の発症機序に
は共通した病態があることが考えられる。以上
を踏まえ、本症例における肝臓からの出血の原
因として、高血圧合併妊娠で妊娠 30 週に測定し
た sFlt-1/PlGF 値が高値であり、血流再配分を
伴う胎児発育不全を発症していたこと、わずか
であるが肝酵素の上昇を認めたことから、非典
型的な症状と経過ではあったが HELLP 症候群
の初期の病態を見ていた可能性も考えられた。
しかし、過去の HELLP 症候群に伴う肝臓破裂
の報告例と比較しても非典型的な経過であった
こと 12)や術中所見から、HELLP 症候群に伴う
出血と診断する根拠に乏しく、最終的に SHiP
と診断した。肝臓からの SHiPは、HELLP症候
群との関連を指摘されてはいるものの、その詳
細な発症機序は不明なことも多く、本症例のよ
うな肝臓からの出血の機序の解明にはさらなる
症例の蓄積と検討が必要である。
SHiPの典型的な症状として、腹腔内出血に伴
う急性腹症や循環血液量減少性ショックが挙げ
られる 7)。しかし、中には腹部症状のみを呈し、
胎児心拍数陣痛図、経腹超音波検査、血液検査
などの検査所見に異常を認めず、帝王切開をし
て初めて診断される症例もあるなど 10)、術前に
SHiPを正確に診断することは困難である。また
SHiPは、診断が遅れると母児ともに重篤な転帰
を辿ることもあるため、早期診断・早期治療介
入が重要である。しかし、本症例では、腹部症
状が出現した際に血圧や心拍数などのバイタル
サインに大きな変化を認めず、また腹部超音波
検査では明らかな異常は認めなかった。さらに、
子宮内膜症の既往や生殖補助医療による妊娠と
いった SHiP の典型的なリスク因子を有してお
らず、SHiPの可能性を念頭におくことは極めて
困難な状況であった。本症例では、バイタルサ
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インの大きな変化が現れなかった比較的早期の
段階で、緊急帝王切開を施行することができ、
幸い母児ともに良好な経過であった。しかし、
実際の腹腔内出血量を考慮すると、手術の実施
がさらに遅れていれば、重篤な転帰を招いてい
た可能性も否定できない。また本症例では、術
前の腹部超音波検査でも腹腔内出血を積極的に
疑う所見は認められなかった。しかし、改善し
ない上腹部痛を訴えた場合、超音波検査だけで
は腹腔内出血を早期発見できないこともあるた
め、バイタルサインに明らかな異常を認めなく
ても、CT 検査を実施することで、より早期発見
につながった可能性はある 11)。
SHiPの治療方針として明確なガイドラインは
ないが、肝臓を出血源とする SHiPや HELLP症
候群に伴う肝被膜下破裂や肝破裂では、出血コ
ントロールが困難となることもあり 13)、肝臓周
囲にガーゼなどを詰めて圧迫止血を行う
perihepatic packing 、 肝 動 脈 塞 栓 術
(transcatheter arterial embolization: TAE)、肝
切除術などの外科的な治療が必要となることが
多い 14)。本症例においては、幸い焼灼止血術で
止血を得ることができたが、発見が遅れてし
まった場合は、凝固障害により止血が困難で
あった可能性も予測される。
肝臓からの SHiP の発症を術前に予測すること
は極めて困難ではあるものの、本症例のように、
リスク因子を有さない場合においても、改善し
ない嘔気や腹痛といった強い腹部症状を認めた
場合には、躊躇せず速やかに帝王切開を施行し、
SHiPを認めた場合には、速やかに止血を行うな
ど対応をすることが重要である。
図 3A, B:術後 1 日目の腹部造影 CT検査 肝表面に血腫と造影不良域を認めた。
図 C:術後 1日目の腹部超音波検査 肝表面に血腫を認めた(矢印)。図 D:術後 256 日目の
腹部超音波検査 血腫を認めた部位に 23×63 mmの出血後変化を認めた(矢印)。
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結論
改善しない嘔気と突然の上腹部痛で発症した
肝臓の SHiP の症例を経験した。肝臓からの出
血は、周産期死亡や母体死亡のリスクが高い病
態であり、早期診断・早期治療が母児の救命の
ために重要である。SHiPのリスク因子として、
子宮内膜症の既往や不妊治療歴が挙げられるが、
これらのリスク因子を有さない場合においても
強い腹部症状を訴えた場合は、SHiPの可能性を
考慮し、迅速に対応することが重要であると考
えられた。
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