無権代理と其権限ありと信ずべき正当の理由
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Abstract
甲は数年来乙会社の被用人として乙より売先に対する代金受領の権限を与えられ且代金の受領に関しては為替手形に買主をして引受をなさしむるの権限をも有し、乙より丙に対する代金受領に付ては従来甲のみ其衝に当り而も代金の支払に代えて乙名義の為替手形に引受を求めたること一再に止らざりしこと、従来丙をして為替手形に引受を為さしむる場合は先ず甲に於て為替手形を作り乙の支配人又は取締役の一覧に供したる上丙方に持参引受を求むるを例とせること、然るに係争為替手形に付ては甲が乙の支配人又は取締役の閲覧に供することなく独断にて乙会社の取締役の氏名を記載して丙に引受を求めたるは到底代理権踰越の誹を免れずと雖、丙が乙との従来の取引事例に鑑み甲に於て正当に右手形に引受を求むる権限ありと信じたるは其過失に非ざるのみならず寧ろ正当の理由ありしものと認むるを相当とす【参照】 民(代理)一一〇条 代理人が其権限外の行為を為したる場合に於て第三者が其権限ありと信ずべき正当の理由を有せしときは前条の規定(其代理権の範囲内に於て本人其責に任ず)を準用す〔四(ネ)五〇〇号、六、五、七日言渡〕 横浜市山下町百九十四番地 控訴人 株式会社ホルランド、インポルド、カンパニー 右法律上代理人清算人 ピーテル、アントニー、レー・パー、ポッシュ 右訴訟代理人弁護士 渡辺省三 東京市日本橋区本町三丁目十三番地 被控訴人 小西新兵衛 右訴訟代理人弁護士 石川吉衛 今村力三郎右当事者間の売掛代金請求事件に付き判決すること左の如し【主文】本件控訴は之を棄却す、控訴費用は控訴人の負担とす【事実】控訴代理人は第一審判決を廃棄す被控訴人は控訴人に対し金一千六十九円十八銭に内金六百四十四円に対しては大正三年五月一日より内金四百二十五円十八銭に対しては同年六月一日より本件判決執行済に至る迄年六分の割合なる損害金を加算して支払うべし訴訟費用は被控訴人の負担とすとの判決並に保護を条件とする仮執行の宣言を求むと申立て、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求むと申立てたり、被控訴代理人は原判決摘示の事実の外、訴外植村幸作は控訴人の得意先に対する売掛代金を受領するの権限並に之れが受領に関し為替手形に引受を求むる等其他広汎なる代理権を有せざるものなり、本件に於て同人の被控訴人方に持参したる為替手形は二通(但し一通は金額六百四十四円満期日大正三年七月三十日他の一通は金額四百二十五円十八銭満期日同年八月六日)にして孰れも振出人並に受取人を控訴人支払人を被控訴人となし形式上何等欠くるところなく被控訴人に於て之か引受をなし代金の支払に代えたるにより本件売掛代金の債務は消滅に帰したるものなり、仮りに右引受は単に支払方法に過ぎずして代金債務尚存在せるものとするも右の手形の内六百四十四円の分は満期日の翌日大正三年七月三十一日(三十日は満期日なるも日曜日に付き)他の分は同年八月六日に孰れも支払を了したるが故に代金債務は消滅せり、次に本件各手形の偽造なる事実は之れを認めず当時控訴会社の代表者が植村幸作に対し被控訴人をして為替手形の引受を為さしむべく交渉すべき旨命じたるが故に控訴会社が被控訴人の引受けたる為替手形を受取人として取得するの意思を有せざること疑なく従て被控訴人の引受により引取人として本件手形の権利を取得したるや論を俟たず一歩を譲り本件手形の振出偽造にして控訴人に於て手形上の権利を取得せるものとするも訴外植村幸作は従前より控訴人の代理人として代金を受領し来り特に代金の支払に代え為替手形の引受を求め来りたるものなれば本訴代金の支払に関しても本件為替手形に引受を求むるの権利ありと信じたるは正当の理由ありと謂うべく、従て縦令該行為が偶々権限を踰越したりとするも控訴人は該行為に付き其責に任ずべく代金債務は右為替手形の引受に因り消滅に帰したるは勿論なり、以上の各抗弁総て理由なしとするも被控訴人は控訴人に対し本訴請求金額と同額の損害要償権を有するを以て並に本訴に於て相殺の意思表示をなすが故に結局本訴請求は失当なり、抑も被控訴人が本件手形に引受をなしたる結果六百四十四円の分に付ては大正三年七月三十一日四百二十五円十八銭は同年八月六日訴外株式会社住友銀行東京支店に本訴請求金額と同一の金員を支払いたるが故に控訴人の被用者たる植村幸作の行為に因り同金額の損害を被りたるものと謂うべく、而かも控訴人は右幸作をして売買及び代金取立に関する一切の事務を処理せしめ居たるものなれば右損害は幸作が控訴人の事務執行に付き加えたるものに外ならず民法第七百十五条の規定に従い控訴人に於て賠償の責に任ずべきは当然なり是れ本訴に於て相殺の抗弁を提出する所以なり、尚お本訴代金中六百四十四円の分は大正三年七月三十日の支払期日四百二十五円十八銭の分は同年八月六日支払期日なりと陳述し、控訴代理人は原判決摘示の事実の外本訴二通の為替手形は訴外植村幸作が恣に控訴会社の振出名義を冒して偽造したるものに係り、而かも被控訴人は其情を知りて之れが引受を為したるものなれば控訴人は何等手形上の権利を取得することなく従て右引受の行為は敢て代物弁済たるの効力を生ずるものにあらず仮りに被控訴人は其引受を為す当時偽造の手形なることを知らざりしものとするも手形の満期日当時に於ては既に之を知りたるが少くも之を知らざるに付き過失あるものなれば縦令手形金額に相当する金額を支払いたりとて適法なる弁済とならず従て売買代金の債務消滅の効力なきや明かなり、被控訴人は民法第百九十条を援引して云為するところあるも同人は外国商館との取引に極めて練達の人なれば本件手形に押捺されたるが如き簡単なる印影に付ては一応其為替手形に使用せらるべきものにあらざることに付き疑念を挿み控訴人に問合を為すが相当なりしに拘らず何等の注意を払わず漫然本件手形に引受を為したるものなれば民法第百十条に所謂「権限ありと信ずべき正当の理由」存するものとなすを得ず従て百九条の規定を準用すべきものにあらず、仮りに権限ありと信ずべき正当の理由存するものとするも本件に於ける訴外植村幸作の行為は犯罪行為にして法律行為にあらざれば民法第百九条の準用なし、同条の規定は仮りに犯罪行為の場合を支配するものとするも尚本件場合には其準用なし、今本件の場合に同条の準用あるものとすれば手形の振出行為引受の請求の行為引受ありたる手形を受領する行為は恰も控訴人の承諾に基きて為されたると同じく総て有効となるべし、然れども本件は民法上の法律行為と異り商法上特別の取扱を受くる手形に関するものなれば手形厳格の精神よりして民法第百九条の準用なしと解すべきものとす、終に植村幸作は手形振出の権限を有せざるものなれば本件に於ける同人の行為は控訴人の委託したる事業の執行に非ず従て同人の被控訴人に加えたる損害に付ては民法第七百十五条の適用なし仮りに同人の行為にして所謂事業の執行に該当するものとするも控訴人は植村幸作の選任並に監督に付き相当の注意を加えたるが故に被控訴人に対し損害賠償の責任なし、加之本件手形の裏書人の署名も亦偽造に係るものなれば訴外住友銀行は適法に手形上の権利を取得せざりしものと謂うべく被控訴人の同銀行に対する支払は結局自己の危険に於て之を為したるものに外ならざるを以て民法第七百十五条に所謂損害を被りたりと謂うを得ず、又被控訴人は売掛代金債務の消滅したることを主張しつつ同時に若し同債務消滅せざるものとせば損害要償の債権を以て相殺すと主張するは相殺の抗弁を仮定的に提出するものにして其れ自体不適法なるを免れず到底相殺の効力を生ずべきものに非ずと陳述せり、立証として控訴代理人は甲第一号証乃至第七号証を提出し証人植村幸作の原審並に当審の証言当審証人岡田金蔵アール、フワンデルパイテンの各証言、同上両証人の各宣誓書を援用し乙第一、二号の被控訴人の商業帳簿なることを認め乙第三、四号証(四号証は一、二共)の成立を認め乙第一号証を援用し被控訴代理人は乙第一号証乃至第三号証同第四号証の一、二を提出し証人植村幸作の原審及び当審の証言当審証人岡田金蔵菅野尚志の各証言を援用し甲第三号証は否認同第四号証五号証は不知爾余の甲号各証は其成立を認むと述べ尚乙第一号証乃至三号証により本件相殺の抗弁を被控訴人が過失にあらずして第一審に提出し能わざりしことを疏明すと陳述したり【理由】被控訴人が控訴人よりヘキゼムシーレント、トラミーン五箱を代金六百四十四円フォリア、ウベーウルジー十五包を代金四百二十五円十八銭にて買受け孰も其引渡を受けたることは当事者間争なし、而して証人植村幸作の原審及び当審に於ける証言当審証人岡田金蔵菅野尚志の各証言を参照するときは控訴会社の使用人にして販売係たる訴外植村幸作が振出人を控訴会社取締役「エス、プランテンハイデン」受取人を被控訴会社支払人を被控訴人支払地を東京市支払場所を住友銀行東京支店とせる金額六百四十四円(満期日大正三年七月三十日)と金額四百二十五円十八銭(満期日大正三年八月六日)の二通の為替手形を作成して大正三年六月六日被控訴人方に赴き同人をして同手形に引受を為さしめたる上住友銀行東京支店に割引を為さしめたること及び右六百四十四円の分に付ては大正三年七月三十一日、四百二十五円十八銭の分に付ては同年八月六日に、孰れも被控訴人より手形所持人たる住友銀行に対し各手形金額の支払われたること、並に右引受の当時は未だ本件各代金の支払期日到来せざることを認め得べく又右手形の引受は代金支払の方法若くは支払確保の目的に出でたるには非ずして恰かも現金を授受したる場合と同じく合意上代金支払の債務を消滅せしむる趣旨にて、換言すれば代金の支払に代えて之を為したるものなることは被控訴人方の商業帳簿たることに争なき乙第一号証と証人植村幸作の原審に於ける証言とを対照して之を認むるに難からざるものとす、果して然らば本訴請求の当否は本件各手形に於ける被控訴人の引受が控訴人に対し其効力を及ぼすものなりや否やに繋るものと謂うべし按ずるに訴外植村幸作が控訴人を代理して手形を振出すの権限なく、本件手形は右幸作に於て控訴人の許容を得ず、擅に其の名義を冒して作成したるものなることは幸作の原審並に当審に於ける証言に徴し寔に明瞭なれば、同証人が控訴人の代理として被控訴人に為さしめたる本件手形の引受けは当然控訴人に対し其の効力ありとなすを得ざるは言を俟たず、然れども同証人の原審並に当審に於ける証言と証人岡田金蔵の証言とを参照するときは植村幸作は数年来控訴会社の被用人として控訴人より売先に対する代金受領の権限を与えられ且つ代金の受領に関しては為替手形に買主をして引受を為さしむるの権限をも有したること控訴人より被控訴人に対する代金受領に付ては従来植村幸作のみ其衝に当り而かも代金の支払に代えて控訴会社名義の為替手形に引受を求めたることの一二回に止らざりしこと、従来被控訴人をして為替手形に引受を為さしむる場合は先ず植村幸作に於て為替手形を作り控訴人方の支配人又は取締役の一覧に供したる上被控訴人方に持参引受を求むるを例とせること、本件二通の手形に付ては幸作が控訴人の支配人又は取締役の閲覧に供せずして引受を求めたること、同手形には孰れも控訴人が従来屡々手形振出の際に使用せる印章を押捺しありたることを認むるに足るを以て、以上の各事実を綜合するときは植村幸作が控訴人の為め被控訴人より代金受領の代理権限ありたることを認め得べきと、同時に右幸作が本件二通の手形に控訴会社の支配人又は取締役に図ることなく独断にて控訴会社の取締役として「エスブランテン、ハイデン」なる氏名を記載して引受を求めたる点は到底代理権限踰越の誹を免れ能わざるも、被控訴人が控訴人との従来の取引事例に鑑み右幸作に於て正当に本件二通の手形に引受を求むるの権限ありと信じたるは其過失にあらざるは勿論なるのみならず、寧ろ正当の理由ありしものと認定するを相当とす、控訴人は被控訴人が本件手形偽造の事実を知りつつ引受けたりと主張し乙第一号証を援用して之を証明せんとするも同号証によりて同事実を認め難く却て証人植村幸作の原審並に当審の証言によれば被控訴人は斯る事実を知らずして引受けたるものなることを認め得べく、又控訴人は植村幸作の行為が犯罪を構成したりとの事並に同人の権限外の行為が手形行為に関するものなりとの点を云為して抗弁するところあるも其は孰れも民法第百十条の支配を排斥すべき理由となすに足らざるを以て此等の再抗弁は孰れも採用するを得ず、以上説明の如くなれば被控訴人が訴外植村幸作の求により本件二通の為替手形に為したる引受に付ては当然控訴人に於て其責に任ずべきは勿論にして、尚該取引は本訴代金の支払に代えて為したるものなること前叙の如くなる以上は、控訴人は被控訴人の右引受に因り生じたる本訴代金債権消滅の効果は固より之を甘受すべきものと論断せざるを得ず、若し失れ控訴人が引受人たる被控訴人に対し手形受取人として引受に因る手形上の権利を主張し得たりしや否やは自ら別途の問題に属するを以て控訴人が被控訴人の引受の為め何等手形上の権利を取得せざりし旨を云為して為す再抗弁は毫も前陳の断定を左右するものに非ずと認む、本訴売掛金代金支払の債務は其弁済期日前手形の引受に因り消滅に帰したること前認定の如くなれば本訴請求は他の争点に付ては判断する迄もなく失当として排斥すべきものなり仍て本件控訴は其理由なきものとして棄却すべく訴訟費用の負担に付ては民事訴訟法第七十七条に従い主文の如く判決す東京控訴院民事第三部、裁判長判事岩田一郎、判事神谷健夫、判事鈴木市太郎
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- openalex
- last seen: 2026-05-11T08:16:25.583920+00:00
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